noven’s

ただ生きてるだけなのにどこか哀しくて、本人大真面目なのになんだか笑える。おっさん自身を含めたそんな愛すべきダメおやじ達を、少しのフィクションを交えながら紹介したいと思います。

愛すべきダメおやじコレクション #4

#4

 

「ゆ、Uです…… よ、よろしくどうぞ」

ちょっとおどおどした感じで挨拶をしたUさん。

挨拶を返しながら、あ、誰かに似てる、と思ったらイワイガワのジョニ男だった。

「最初は慣れないことばっかりだと思いますが、遠慮せず何でも聞いてくださいね」

「はあ、よろしくお願いします」

てな感じで最初はごくごく普通の印象だったUさん。聞けば59歳だという。

「失礼ですけど、その御年でよく転職しようと考えましたね」

「いやあ、実は……」

Uさん前職は建設機械の整備士で、若い頃からおんなじ会社でずっと勤め上げてきたのだが、社長が代替わりした途端に経営方針が変わって、現場の人間にもノルマが課せられるようになってしまった。数字の取れない居心地の悪さに辞めてしまったんだと言った。曰く「前社長派だったんで当たりが強かった」らしい。

ふうん、気の毒な話だ。

「まあ、ここはノルマがあるような職場じゃないんで、一つずつゆっくり覚えましょう」

おっさんそう言いながらも、腹の中ではこの人大丈夫かな。とそれとなくUさんの立ち居振る舞いを精査してた。というのも、この頃おっさんの会社では尋常じゃないくらい人の出入りが激しく、ほぼ一ヶ月ごとに人が辞め、辞めては入るを繰り返していたからである。理由は簡単で、本社の面接がザルだったのだ。とにかく来る者拒まずに採用した。しまくった。一人採用するごとに金一封でも出んのかってくらいに。四十過ぎなのに職歴ゼロの人間まで平気で採用していたのである。理由はわからん。わからんが元請さんカンカンである。なんせ名簿の登録と抹消を一ヶ月ごとに申請するのだ。口さがない人は「ねえ、いい加減にしてよ。こんなこと続けてたらアンタの会社どんどん信用落としちゃうよ」などと人事とは関係のないおっさんにまで文句を言い出す始末。肩身が狭いったらなかった。とにかくそういう時は会社を代表して平身低頭謝るしかない。矢面に立つのは元請さんと密に接しているおっさんら現場の人間なのだ。

というわけで、59歳という年齢にもかかわらず現場に相談もなくUさんを採用した会社に腹が立ったし、Uさん自身にも最初はいいイメージが湧かなかった。色眼鏡で見てしまうのも無理からぬことなのである。

そんなおっさんの偏見をよそにUさんよく働いた。夏だろうが冬だろうが真っ赤に焼けた鉄や巨大な油圧ダンパーを相手にしてきた人である。年季が違った。若い奴らに混ざって引けをとらないどころか、先頭に立って大ハンマーを振るったりもした。目を見張る身体のキレに、あっという間におっさんの偏見は氷解したのだった。

だがみんなと打ち解けるにしたがって、Uさんの特異な癖が表面化してきた。

 

 

Uさん思ったことが勝手に口から漏れる。

もう独り言ってレベルじゃあない。イマジナリーフレンドが多分5人くらいいる。脱衣所からでっかい声がするので呼ばれたのかと思って見に行ったら、Uさんパンツ一丁で鏡に向かって一人でしゃべってた。鏡越しに目が合ってんのにまだ止めないからおっさん怖くなって逃げた。

隣の個室に入ったのがUさんだとすぐわかる。

おっさん毎朝会社のトイレでウンコするんだけども、タイミングが被る人が何人かいる。隣に人の気配がすると少し緊張するよね。なんか気を使う。で、その日も隣に誰かが入ってきて、ガサガサと音がした後に腰掛ける気配がした。

「んふぅ~、んふぅ~、アッ! ……あ違うか」

隣から聞えてきた声である。

「んふぅ~ ……あっ、ああ、あぁん」

プゥ~。

「おっおっおっ、おお~、す、スゴイのう、スゴイのう!」

おっさん身体が強張ってウンコが引っ込んだ。Uさん誰と喋ってんの? ウンコ?

 

Uさんハイレゾにこだわる。

Uさんはオーディオマニアだ。自室に自分で作ったタンスくらいデカいスピーカーがあるんだと。「部屋何畳?」って聞いたら6畳だと。難聴なのその所為だよ、きっと。

最近はハイレゾが良いという。物欲に勝てずについに20万のアンプをポチったらしい。それでも飽き足らず音楽鑑賞用のパソコンのノイズが気に入らんと、筐体を開けてシルクの綿を詰めるというオカルトめいた音質改善をせっせと実践している。本人曰く「劇的に音が変わった」らしいのだがおっさん家が燃えないかと心配している。

 

Uさん風呂に入ってくれない。

なんか理由があんのかと思ってずっと我慢してたんだけれども、夏が近づくにつれてUさんのワイルドスパイシーなスメルが攻撃性を増してきた。月曜の朝イチなのに、あ、Uさんさっきまでココにいたな。って分かるくらい強烈だったもんで、散々考えあぐねた挙句、傷つけないように精一杯気を使って恐る恐る尋ねたら、糖尿の気があるからかもしれない、不快な思いをさせてごめんなさい。なんて謝られたので、もうおっさんものっすごい後悔して、不用意に心無いことを言って申し訳なかった、どうか許して欲しい。と誠心誠意謝罪した。その様子を近くで見ていたK君が、

「いや、Uさん風呂に入ってないだけだよねえ。最後に風呂入ったのいつ?」

「えーっと、確か…… き、金曜日」

冗談じゃねーや、謝って損した。謝罪を返せ、逆に謝れ! 

 

Uさん念力が使えると言い張る。

人差し指で狙いを定めて念じると電線のスズメが気絶すると言う。じゃあやって見せてよというと人が見てたら無理って言う。60のおやじがそんな小学生みたいな嘘つくわけもないし、まっすぐに目を見つめられて言い張られるとそれ以上言及できない。ただただ怖い。

 

一瞬で周囲の人間の食欲を消し去る超弩級のクチャラー。

どうやったらそんな音が出んだ。ってくらいノイジーイーティング。味噌汁を啜るだけなのにズチャチャチャチャ…… ととんでもない音がする。むかし懐かしのスライムを、怒りに任せて突っつきまわしたような咀嚼音。いなたいおやじの口から溢れるナマASMR。こんなの誰も歓迎しない。

耐えられなくてさすがに苦情を入れたら「わし、入れ歯だから……」とまた指摘した方が罪悪感に苛まれるような言い方をしやがるが先日の風呂の件もあるのでもう騙されない。

「俺のお袋は総入れ歯だけどそんな音立てたことない」と言ってやる。次の日から静かになった。やればできるじゃねえか。

 

そんなUさんはまだおっさんの会社にいます。もう6年以上になるのかな。早く隠居したいと言ってた割には嘱託扱いになっても契約を継続しています。残念ながら高齢者扱いになってしまったので離れた部署に行きましたが、今でも元気そうです。力持ちだし機械の不調を音で察知できる優れたエンジニアだし、頼りになるUさんとまた一緒に仕事がしたい。ふとしたときにそう思います。