noven’s

ただ生きてるだけなのにどこか哀しくて、本人大真面目なのになんだか笑える。おっさん自身を含めたそんな愛すべきダメおやじ達を、少しのフィクションを交えながら紹介したいと思います。

愛すべきダメおやじコレクション #3

#3

 

おっさんの職場にはよく旅の人がやってくる。

経緯はよくわからないが、日本全国現場から現場へ渡り歩いている人のことだ。

おっさんはそういう人たちのことを旅の人と呼んでいる。

繁忙期には人工が足りないのでお世話になる。身についた処世術なのかみんな愛想がいい。Yさんはそんな旅の人だった。

おっさんの職場では作業従事者一人ひとりに煩雑な書類がついて回る。現場に入る前段階の手続きがちとややこしい。なので事前にYさんの身分証のコピーやら証明写真やらを送ってもらったのだが…… うーん。

 

Yさん53歳、前歯がないのに満面の笑み。

 

まったくの偏見である。おっさん自分が偏見まみれなのを自覚している。でも歯がないのはダメだ。ダメなんだ。

おっさんこれまで色んなおやじと交友してきたが、この人ダメだなー、と思うのはみんな前歯がなかった。ある日突然来なくなったり、親しくないのに金貸してくれと言ってきたり、二日酔いで出社してきて現場の隅でゲロ吐いてぶっ倒れてたり。

やな予感がするなあと思って当日の朝待ってたら来なかった。その日の夕方事務所から連絡があり一日遅れで入構するからよろしく、と言われた。

はたして翌日やってきたYさんはやはり酒臭かった。ダブル役満である。

「おはようございますぅ~」

やけに元気がいい。聞けば鈍行を乗り継いで来たらことのほか時間がかかり、途中であきらめて宿に直行したとのこと。

「昨日一日人待たせてたって自覚、あります?」

「あはは、すいませぇ~ん。ここ良いとこだねえ」

まったく悪びれてない。おっさんも力が抜けたんで二人で元請さんの事務所へ向かった。

Yさんよく喋る。喋りっぱなし。どこどこの何々は旨かったとか、ここの特産品はいつが旬だとか、そんな話ばっかり。現場に入ってもそれはかわらず、誰彼かまわず話かけては人の手を止める。しょうがないので道具の手入れをお願いしたら、意外とそれはちゃんとやった。Yさん初日から一人で雑用する人になった。

Yさんやたら返事がいい。

「了解しましたッ!」

「以後気をつけます!」

で、なんにも聞いてねえの。注意した直後に危険行動をとる。2トン強の吊り荷の下に入り込んだり、安全帯も着けずに高所に上がったり、そのまんま丸腰でカイジみたいに鉄骨の上をひょいひょい歩いてっちゃったり、とにかく危なくてなんにもさせらんないの。しょうがないからおっさんほぼ付きっ切りで、その頃にはもう敬語使うのもめんどくさくなっちゃって「いいからこっちきて見てろ」「触んなっつってんだろ」とかそんな風。

まあとにかく、約束の期限は2週間ほどなので、これさえ終わったら、これさえ終わったら、とおっさん自分に言い聞かせてた。この頃から朝目覚めると同時に深い溜息が出るようになった。

 

Yさん入社しちゃった。

「ここホントに良いとこだねぇ。海近いしさ、山もあるしさ、俺ここ住んじゃおっかなー」

「はは、ウチ誰でも採用するから言えば入れるかもよ」

冗談だと思ってた。まさか本当に採用するとは思ってなかった。社服着て目の前に現れて「本日からよろしくお願いしますッ!」って敬礼してんの。眩暈がして倒れそうになった。マジか。

 

Yさんおねしょする。

おっさんの会社は年に数回出張がある。Yさんも行きたいと言い出したので連れて行くことにした。全国的に有名な名産品があるとこなのでYさん朝から大はしゃぎである。ウザい。仕事だということをすっかり失念しているご様子。案の定その日の現場ではいつにもまして上の空だった。昼になったら道の駅に行かしてくださいと、そればっかり連呼していた。少し怒ってやった。

Yさん昼飯も早々に道の駅に行くと言い出した。許可したらなんでかおっさんも連れて行かれた。聞けば遠方に息子さんがいるという。奥さんとは離婚していて息子さんともしばらく会っていないそうだ。名産品をたくさん送ってやるんだと嬉しそうだった。

巨大な段ボール箱にパンパンに買い込んだものを詰め、サービスカウンターで発送手続きをするYさんは嬉々としていた。初日なのに有り金をほとんど使ったようだ。

夕方現場を閉めて宿に入る。何十年もお世話になっているおなじみの逗留先だ。漁師町なので魚がむちゃくちゃ旨い。その上信じられないくらい豪勢な飯が出る。聞いたら網元だそうで、新鮮な旬の魚は絶品だ。このときばかりは全員仕事を忘れる。このためだけに来たがる奴も多い。おっさんもその一人だ。Yさんも誰かから聞いて来たがったんだろう。

Yさん上機嫌すぎるくらい上機嫌だった。昼に息子に荷物を送ってやれたのがよほど嬉しかったようだ。ビールが大瓶2本まで会社から支給されるのだが、あとは俺が払うからとじゃんじゃん酒を注文しだした。仕事で来てんだぞ、と諌めても言うことを聞かない。結局大瓶6本を一人で空けて続きは二階でやりましょうと焼酎をぶら下げてきた。泥酔いだ。階段から落ちそうになるのをなんとか押し上げて寝床に転がす。もう寝たかと思ったら「ションベン」とつぶやいてムクッと起き上がり、よろめきながら出て行った。今思えばこの時に焼酎を隠してしまえばよかったんだが、おっさんもうメンド臭くって早く寝かして退散しようと焼酎のビンが目に入っていなかった。

Yさんが戻ってきてドカッと腰を下ろし「さあ呑みましょう」と言うのでいい加減にしろと怒ったら「そういうとこがあんたダメなんだよ」などと抜かしやがるのでぶん殴ってやろうかと思った。だいたいおっさんは下戸なのである。まったく呑めないの。

素面で付き合ってやったのにその言い草は何だバカヤロウ。と何か言ってるのを尻目にほっといて部屋に戻った。焼酎はその後一人で空にしたようだ。

後で便所に行ったら床がベチャベチャに濡れていた。Yさんが小便を撒き散らしたのだ。イライラしながら掃除して、血が出るほど手を洗った。

この後は親方談なのだが、夜中に気配がして目を覚ますと部屋のふすまが半分開いていて、なんだろう? と薄暗がりに目を凝らすと全裸のYさんが部屋をじいっと覗き込んでいたらしい。

「なにしてやがる!」

とびっくりして飛び起きたら何にも言わず去っていったと。なんだそれ、怖えよ。

その話を翌朝に聞いたのだが、一緒にいたS君も「僕Yさんと同室だったんですけど、夜中に目を覚ましたら全裸であぐらをかいて、部屋の隅をぼうっと見てました。気味悪かったです」と教えてくれた。

はて? とYさんの謎の行動が気になっていたのだが、それは昼過ぎに解決した。本社に苦情の電話が入ったのである。布団のクリーニング代金を払ってほしいと。

Yさん泥酔して寝小便したのだった。で、こりゃまずいと思って全裸でウロウロしてたんだろう。結局誰にも相談できずにごまかそうとしてバレちゃったのだ。どうにもならんダメおやじである。その後どうなったのかは知らん。もしかしたら自腹でクリーニング代金を払わされたのかもしれん。

 

Yさん必要なものと欲しいものの区別がつかない。

Yさんは給料が入ると馬鹿みたいに豪遊する。つってもおっさんの会社の給料である。豪遊といってもたかが知れてる。それなのに給料日にはいつもの弁当を断って、わざわざ昼にうなぎを食いに行く。たまには良いもん食わなきゃ、だそうである。

そんで酒を買う。もう有り金全部酒を買う。一か月分かというとそうではなくて、どんなにたくさん買っても一週間ももたない。で、最初の週でお金がなくなる。残りの3週はタバコも吸えない。誰彼かまわず金の無心をするもその頃にはもう誰も相手にしてくれず、しかたがないので会社に前借する。おっさんの会社は前借制度なんてないんだけれども、死なれちゃ困るんでしぶしぶ貸す。貸すんだけれどもYさん残金と限度額の区別もつかないような人なので、前借申請を出しまくる。空手形の乱発である。会社も貸し渋る。さすがに貸し剥がしはないが、Yさんの財政管理を会社が行うことになった。Yさん好きな酒が自由に飲めなくなってヨーダみたいになってった。弁当屋の親父が気の毒がって残り物の白米だけはくれるようになった。Yさんその白米でなんとか生きていて、それで懲りるかと思えば給料日にはやっぱりうなぎを食いに行く。

金の勘定も底の抜けたどんぶりで、お金があるときは1万円を出してきて「これでみんなで何か飲みなよ、釣りは取っといて」と親方みたいな顔して言う。底抜けのアホである。現場に5人しかいねえのにそんなの出してどうすんだ。だいたい自販機に入んないからね、Yさん。

そういう時はおっさん「そのうちタバコ吸う金も無くなるくせに何言ってんだバカ」と言ってやる。「その金は自分のために取っとけ、そんでちょっとぐらい節約しろバカ」と言ってやる。そんでジュースを買ってやる。出した金を無理やり引っ込めさせてやって、そのしょーもない面目をつぶしてやる。若いのの中にはニヤニヤしながら受け取る奴もいるかもしれない。本人がくれてやるって言うんだからきっと悪いことではないのだろう。でもバカにつけ込んでるみたいで気分が悪い。一万円の価値が日本一分からないような人だった。

 

Yさんエルグランドを買ってくる。

Yさんは職場の近所にアパートを借りてもらって住んでいた。そんで自転車で通勤してた。半年くらいそうしていたが、そのうち雪が降ってきて、なんぼ近いったって自転車だと危ないし軽トラくらいならなんとかなるだろ、安いのでいいから買いなよ。と薦めたら「そうだね、安い軽自動車探すわ」と言ってある日突然エルグランドに乗ってきた。呆れた。

「これスゲー安かったのにいい車なんだよ!」とYさんが得意げに見せてくれたのは、恐らく初年度登録から13年以上経過しているシャコタンのエルグランドだった。どんな車屋に行ってこんなの掴まされてきたんだと思ったら地元の知り合いが格安で譲ってくれたらしい。県外ナンバーのDQN臭漂うエルグランドの横でYさんご満悦。燃料代と税金のことはきっとなんも考えていない。

名義変更は俺がやるから、なんて調子の良いことを言って、他人名義のまんまで車検が切れるまで乗り転がした後、未納の税金が払えず結局アパートの駐車場に放置されることになったエルグランド。毎月駐車場代を払いながら再び自転車通勤するハメになったYさん。ここまでくるとかける言葉なんてない。その後車の名義と未納の税金問題がどうなったのかはおっさん知らない。

 

いろいろと書いたがYさんの話題はつきない。他にも

Yさんコソコソと他人のシケモクを集めて一本のタバコを作り上げることに成功する事件。とか

Yさんアパートの部屋いっぱいにイカを干したら危うく裁判沙汰になりかける事件。

とか

Yさん家の前で車にはねられるも運転手が若いお姉ちゃんだったので格好つけて見逃してやって2週間動けなくなる事件。

とかエピソードは山のようにあるが、全部書いてると一冊の本が出来ちまう。なんでこの辺にしたいと思う。

結論を言うとYさん2年ほどで退職して行きました。「もう二度と来ねえよ!」と捨て台詞を吐いて去りました。ここまでに書いてきたような人だったんで若い子との折り合いが悪かったんです。些細な口論がきっかけでした。

今はどこにいるのかわかりません。遠い空の下でまた誰かに怒られてるのかもしれません。